エゴイスト  〜菊丸side〜





「………なんであんな事しちゃったんだろ」


部活を無断で休んじゃった。そう思った時にはすでに家の前まで来ていて。

もういいや、と思って部屋に入ったら、ドッと疲れが出てきた。


「おチビ…泣いちゃったよね…」


別になにかしたかったわけじゃない。

気が付いた時にはおチビを裸にして、写真を撮ってた。

今思うと、異常だ。有り得ない。

おチビは可愛いし、大事な後輩だって思ってたのに。

__大体、何でこんな事になったんだっけ?

何か…おチビの言葉が気に障って……

そうだ、おチビが不二の事…好きかもしれないって言ったんだ。

だから気が動転して………最低だ。勝手に嫉妬して、酷い目に遭わせてしまった。

落ち度は完璧に俺にある。…もう一度、あの瞬間まで時間を戻せたらいいのに。


「はぁ〜…気が重い……」


不二はどうしてるんだろう。手塚と…まさかね。手塚は不二を愛したりしない。

それは以前の『事件』で決まってしまった事だし、今更思い直したりしないだろうし。

…じゃあ、おチビ?おチビと不二は、付き合ったりするのかな?

凄くお似合い…悔しいけど。だって二人は、お互いに支え合う事が出来るから。

俺は不二を支えられるけど、不二は俺を支えられない。

っていうか支える気が無いから。不二は完璧に俺を第三者に見立てて、扱ってたし。

それは手塚も同じことかな?不二は手塚を支えられるけど、手塚は不二を支えられない。

片方の天秤が負担を受け持つと、もう片方の天秤は浮き上がってしまうから。

俺と不二。そして手塚と不二は、決してつり合う事の無い天秤。


「おチビが羨ましい」


落ち着いた今だから、冷静にそう思える。

なんて良い立場なんだろう。好きかもしれない相手と、最高の相性なのだから。

俺がそんな美味しい立場だったら、ただ待ってるだけなんて真似、しないな。


チャラララー…チャッチャー…


「……手塚?」


意外な人物から、携帯に電話があった。

あ、部活の事かな?部長だもんね、手塚は。


「はいはい」

『菊丸。何故部活に来ない?』

「ん〜…情緒不安定ってやつ?ごめん、今日は休む」

『…不二か?』

「んにゃ、おチビ」

『………そうか。越前なら、今頃不二と一緒だぞ』

「え?!な、何で…?」


嫌な予感がしてたんだ。どうしてこう、嫌な勘ってのは当たるんだろ。

携帯を持つ手は麻痺したように震えて、口の中はカラカラに渇いていた。


『俺がそうさせた。流石に、俺が原因で死なれたら嫌だからな』

「………手塚、おチビに………」

『…あぁ、偶然だが聞かれてしまった。俺が越前を好いていない事をな』

「…タイミング悪…。俺も、おチビに酷い事しちゃったっていうのに」

『そうか…。だがあの不二だ、きっと平気だ』

「…だといいけど…」

『アイツは人の心に侵入するのが上手い。言葉巧み、というやつか』


その言葉に、俺の中で何かが切れた。

不二の苦しみも辛さも知らないで、こんな汚い言葉を吐いた奴が、憎かったから。


「不二の事を悪く言うな!手塚の所為で、不二は人を真剣に愛せなくなったんだからな!!」

『?!何を言っている?』

「手塚なんて…不二の優しさがなかったら…!!」


そこまで言って、ハッとした。ヤバイ、この先は言っちゃいけない。

不二と約束したじゃん。俺の馬鹿!!


『おい、菊丸!?一体何の事を言ってるんだ?!!』

「…バイバイ、またね」


ピッ…


携帯を切ると、少し気持ちが落ち着いた。

ヤバイなー…本当に感情の抑えが効かなくなってる……。

もし、また同じような事があったら、次は口を滑らせてしまうかもしれない。


「そんな事するくらいなら…死んだ方がマシだけどにゃ…」


不二との約束を破るぐらいならね。どんな事だって、引き換えにしてもいい。

…でも、そんな不二も…もうおチビのものなの?

俺は不二と付き合ってたわけじゃないし、好きという感情で抱き合ってたわけじゃない。

ただの傷の舐め合い。…もっとも、不二の傷を俺が癒してただけだけどね…。


「少し、不二と話がしたいな…」


携帯をもう一度取って、不二へとかけた。

何だか、凄くドキドキする。好きな人に電話をかける時の気持ち?

そんな甘い緊張感。


『…はい?あの…』

「!?!」


声が聞こえてきた。それは不二の声なんかじゃなくって…。

俺が酷い事しちゃった、おチビの声だった。

…驚いた拍子に、通話を切ってしまった。多分、これで良かったと思うけど。


「…はぁ、吃驚した…」


手塚から聞いてたから、おチビと不二が一緒に居るのは知ってたけど…。

まさか不二の携帯に、おチビが出るとは思ってなくて。

だからそこまで注意が回ってなかった。…おチビ、不二の家に泊まるのかもしれない。


「はは…情けねー…」


急に気が抜けて、壁にもたれていた背中がずるずると落ちた。

…だからだろうか?自分が泣いている事に気付いた。

悲しいというわけでも、痛いというわけでもないのに。

この苦しいまでに息詰まった感じは、何なのだろう?

誰かが好きという想いとは裏腹に、それが破られても悲しいと思えない自分。

なのに…この涙の正体を知る術はなくて。

ただ流れる液体を拭う事もせず、俺は深い眠りに落ちていった。